大丈夫、積んでる

さうざんどますたーになれなくて

夕木春央「方舟」

「要するにこういうことだな?ここを脱出するためには、誰か一人が、この水没しようとしている地下建築に閉じ込められなければならない。
そして、地上に出たとしても、救援を呼ぶにはかなりの時間がかかる。その間は、建物が水没していくのを黙って見ているしかない。だからー
俺らが助かるためには、ここにいるうちの、誰か一人の命を犠牲にしなければならない。誰が地下に残るのか、考えなくちゃいけないね」

これは最後の展開を作り出すために、設計されたお話だなあ。

たぶん誰もがこんな状況に陥るか?と思いながら読むと思う。いや、地下建築に入るという状況以外は、無くはないかもしれない(これが一番問題なんだけど)。普通じゃない状況で殺人事件が起きて、素人が思いつく以上の手がかりがなかったら、先送りしていくのはわからなくもない。
というか、ミステリーのお約束を逆に使っているから、ツッコミどころを感じるのかも。

無理を感じるお話なのに、謎はロジカルに解かれていく。最後のどんでん返しが見事。

 

 

ヨルン・リーエル・ホルスト「警部ヴィスティング 鍵穴」

「政治家のパーナール・クラウセン?でも、もう亡くなったのに?死に方に疑わしい点でも……」
「死因は心臓発作だ。だが、不審な大金を遺したんだ。その出所を調べている」
「大金ってどのくらい?」
「八千万クローネを超える現金が別荘に保管されていた」

亡くなった大物政治家の別荘から10億分の外国紙幣が見つかった。どこから入手したものなのか。検事総長から極秘調査するよう依頼を受けたヴィスティング警部だが、その直後に別荘が放火されて……というお話。

「特定の鍵穴に合う鍵を見つける作業が捜査である」とはよく言ったもので、ひとつひとつ可能性を潰し、積み上げたもののおかげで謎が解けるという展開が大変良かった。特に中盤以降、サスペンス展開も加わって目が離せない。もっとセキュリティ意識持てよとは思うけど。
お金の話から犯罪絡みは想像していたけど、思ってもいない方向に話が進んでいって、最後まで面白かった。このシリーズはいいな。

 

 

葉山透「9S<ナインエス> XII true side/ XIII true side」

10年ぶりのシリーズ続編にして完結編。面白かった。

12巻は、これぞナインエスと言っていい、由宇のカッコよさ全開でした。
グラキエスという遺産絡みの問題によって、人類滅亡まであと四日に迫る中、彼女がやってくるだけで、あっという間に解決していく様が痛快で仕方ない。
才能があると自負する人たちの劣等感を刺激していきながら、本人は無自覚であるという、いつものパターンは最後まで健在でした。

 

13巻に入ってからは、勇次郎との対決と言っていいかな。
いろいろと曖昧というか、概念的なところが多いので、盛り上がり切れなかったところもあったけど、闘真の戦い(いろんな意味で)、何より最後にナインエスに戻ってくるところが、本当に良かった。
最後まで面白かったです。

 

サラ・ヤーウッド・ラヴェット「カラス殺人事件」

「もちろん彼は立場的に"ミッドサマー・ルール"を忘れるわけにはいかない」
「何それ?」
「テレビでは、刑事が恋しちゃう容疑者は、例外なく犯人だってこと」

英国の田舎町。生態学者である主人公が、開発地域の下調べをしていた頃、依頼主が殺された。主人公は調査に協力するがアリバイがないことから容疑者となり……というお話。

序盤が面白い。

殺害現場近くにいたことが犯人に気づかれたら狙われるかも、ということで、積極的に捜査に協力するんだけど、情報を提示すればするほど、警察の目が自身に向かっていくもどかしさ。どこを辿っても主人公に戻ってきちゃうんだもんなあ。おもしろおかしく感じてしまうぐらい面白い。

調査に来た刑事、あるいは同僚への恋心と、ロマンス三角関係が出来てくるのは、なんていうか、主人公の生い立ちの秘密(登場人物紹介でネタバレくらった)を描くためのものなんだろうけど、このあたりはちょっと冗長すぎかなあ。ミステリーというよりかは、ハーレクインっぽく感じる。

もうちょっと謎解き要素が多いほうが好みだな。

 

 

リン・メッシーナ「公爵さま、いい質問です」

「いったいなぜこんな目にあっても、犯人を見つけようとするんだ?得することなど何もないじゃないか」

「あら公爵さま、いい質問ですね」

19世紀英国を舞台に才色兼備な公爵と深窓の令嬢が殺人事件に挑むコージーミステリーの第二弾。前作は、自分たちの容疑を晴らすために探偵したけど、今回は自ら事件に関与するというのが大きな違い。

女性が自分を出すなんて許されない時代に、事件を追うなら能動的に動けるとと知ったら(動ける自分がいるとわかってしまったら)、そりゃ危ないとわかっていても関わりたくなるよなあ。

とはいえ、メインは事件よりも公爵さまとの関係性。奇しくも前の社交シーズン中についた身分違いの恋という嘘が、本当になっていくのが面白かった。

普段から傲慢だけど、彼女といる時はより素直な自分を見せてくれると知ったら、しかも素の自分を見せても引かないんですから、そりゃ気になっちゃいますよね。どう思っているのかわからないあたりが、ほんとじれったい。

それにしてもラストは秀逸でした。勝手に動き回って怪我をして、どんな言い訳をするのかと思ったら、いやほんと良かった。

 

 

エル・コシマノ「サスペンス作家が殺人を邪魔するには」

ひょんなことから、ダークサイトに元夫の殺害依頼があることを知った。そんな依頼は撤回させないと、安心して子どもを預けられないと思ったサスペンス作家のフィンレイは、同居人のヴェロと一緒に、元夫の殺害を阻止に取り組むというシリーズ第二弾。

前作同様、巻き込まれ型のサスペンスなんだけど、より複雑化していくのは、ある意味自業自得と思ってしまう僕がいる。

やっちゃいけないことをしてるから警察に言えないのはわかるけど、変なところで踏み込んじゃうあたり、衝動っていうのは恐ろしいよねぇ。
元夫の殺害依頼を出したのは誰かという犯人探しのオチが、あまりにもあまりでおかしかったですが、踏み込んだがゆえに、解決しても安心させてくれないラストに繋がっていく展開が見事。

これは続編がまたやばいことになる。

 

宮島未奈「成瀬は信じた道をいく」

頭がいいけど、ちょっと変わった発想と行動力を持つ成瀬に巻き込まれた人たちの連作短編第二弾。成瀬と島崎のコンビ「ゼゼカラ」に憧れる小学生、受験の成瀬を心配するお父さん、成瀬のバイト先にクレームを入れる主婦、成瀬と共に観光大使となった女子大生、そして相方島崎のお話。
わが道を進む人とのコミュニケーションは難しく思えるけど、慣れると進む先はわかりやすくなり、察することができるので、結果としてうまくコミュニケーションできるというのが面白い。もちろん、負担はかかるんだけど、ブレない価値観を持つ成瀬がいるから、自分を立て直せるところがあるというのが良かった。
ただ、何を考えてるのかわからないという意味では、お父さんが一番大変ですね。いやほんとに……
観光大使のお話と、なんだかんだで信頼してることが伝わってくる島崎のお話が良かったです。まさか観光大使で見せつけたけん玉が、大トリでつながるとは思わなかった。